2018年01月13日

はじめまして


田舎の暮らしを魅力的で夢が溢れていると感じるか、

不便で雇用もないし将来性がないと感じるか。


このフレーズは、農家民宿ひがしのオーナー壬生紘彰が、以前ブログで書き記していたものです。
はじめまして。壬生佑奈と申します。
昨年末、農家民宿ひがしに嫁いで参りました。そして今日、初めてブログを綴らせて頂きます。

私は、農家民宿ひがしがある豊丘村のお隣のお隣、中川村という小さな村で生まれ育ちました。大学時代は地元を離れましたが、都会生まれのオーナーとは異なり、根っからの田舎育ちです。
趣味は、植物のお世話と写真を撮ること。
好きな食べ物は、甘いものとパン。

オーナーとは、鹿肉を通じて出会いました。

これは、まだお付き合いする前に、オーナーから頂戴した鹿肉で作ったルーロー飯です。

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お付き合いする前から、私はこのブログを読んでいましたが、正直、オーナーに対しては「嫉妬心」を抱いておりました。出会った頃も、その「嫉妬心」はくすぶっておりました。
なぜなら、オーナーは自分とは何もかもが正反対。自分の中に信念があり、夢や野望があり、好きなことがあり、自己主張をし、間違っていると思うことには声をあげ、当然ながら畑の虫たちもお友達。私は、持病に苦悩するばかりで、夢を抱くこともせず、毎日毎日を何とかやり過ごすのに精一杯。好きなこともやりたいこともなく、過ごしていました。そして、虫が大嫌いです。

けれど、人生とは本当に不思議なものです。
オーナー、壬生紘彰と出会いました。

オーナーは最初から、自分の気持ちに正直で、出会ってすぐ、プロポーズをしてくれました。私はそんな展開に驚き、オーナーの想いを最初は疑い、まるで自身のことではないような感覚で数日を過ごしました。
お付き合いを始めてから、私も民宿のお手伝いを少しだけさせて頂くようになりました。

最初は、お客様と面と向かわせていただく際に、とても緊張しました。今も緊張します。

実は、社会人になって最初に就職したのが、とある会員制リゾートホテルでした。担当はレストランのフロアです。しかし、一年も経たないうちに、病院で入院か自宅療養を言い渡されました。就業中の過呼吸や嘔吐、断片的な記憶の欠如に、悩まされていました。
大好きな仕事でした。
お客様からかけて頂いたお言葉、後日郵送して頂いたお手紙が、宝物でした。
悔しかったです。心底情けなかったです。

それ以来、接客業というものに対して、恐怖に近い感情と、自分には向いていないのだという苦手意識が、消えません。

でも、農家民宿ひがしに、私は迎えて頂きました。そして、もう一度、お客様の前に立つ機会を、頂いています。

そして、改めて感じます。
おもてなしをさせて頂く側の私たちですが、いつもいつも、笑顔にさせて頂き、ハッピーをプレゼントして頂いているのは私たちの側なのだと。

「目の前のお客様を幸せにしたい」
社会人一年目の、私の目標でした。
今は、そのような大それたことは思えません。

ただただ、有難いことだなあと思います。
お客様が目の前にいて下さるからこそ、笑顔になれる。声を出せる。話せる。人と接することが出来る。
長い間、他人との接触を避け、家族とさえも距離を置き、自分のことでいっぱいいっぱいになっていた自分が今、初めてお会いする方々と、触れ合うことが出来る。こんな有難いことはありません。

これからの将来に夢と野望を持って、一日一日をわくわくと、楽しんで、アグレッシブに過ごしているオーナー。そんなオーナーとはやはり異なり、私はまだまだ、日々不安や心配ばかりに襲われています。明日のことも怖くなってばかりです。
でも、今を過ごしています。
過去の苦しさの中でも、将来の不安の中でもなく、この田舎の山の中で、障子からこぼれるあたたかい日差しを感じながら、このブログを綴らせて頂いております。

田舎の暮らしを魅力的で夢が溢れていると感じるか、

不便で雇用もないし将来性がないと感じるか。

私は、田舎に夢が溢れているとも、将来性がないとも、今は申せません。
けれど、今感じることは、何もないようなこの田舎の山の中で、たしかに自分が救われているということです。
どこにいるかは、あまり問題ではないのかもしれません。
当然のことですが、改めて、「一瞬一瞬をどのような心持ちで過ごすのか。どう生きるのか。」が大事なのだと感じます。不安や心配にかられそうになったら、そのように、自分にも言い聞かせています。

明日のことはわからない。
わからないから、無意味な不安は抱かないようにしよう。
過去を現在に反映してしまうからこそ、いろんな恐怖や不安が湧いてくるけれど、それに負けないようにしよう。

目の前の人に優しさを。
大事な人に小さくとも幸せを。

そして自分自身を、ほんの少しでもハッピーに。

明日のことはわからない。
一年後のこともわからない。
それならば。


壬生佑奈


posted by mibu at 13:45| Comment(4) | 日記

2017年12月20日

田舎論


“柿が赤くなれば医者は青くなる”


栄養豊富な柿を食べれば風邪などひかなくなり

医者が困る

という、柿の栄養価の高さを伝えることわざです。


今の時期は、

この地域の特産品

“市田柿” 作りの最盛期です。

その反面、

うちの民宿は閑散期です(泣)。


なので、

この時期を凌ぐために

近所の農家へアルバイトに行っています☆


連日、“ほぞ切り” という作業をしています。

柿のヘタを丸く成形したり、ヘタに付いている枝を切る

作業です。


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柿が赤い・・・



これで医者は青くなるはずだ・・・





購入した経験がある方はご存知だと思いますが、

“市田柿” って高いですよね?

それもそのはずです。


たくさんの工程を経て店頭に並びますから。


今の民宿を始める前は、

“市田柿” を販売する会社で働いていました。

かぶちゃん農園
http://www.kabuchan.co.jp/



経理部に配属されていましたので、

当時は現場作業をしていた訳ではありませんが、

懐かしく思いながら今は現場作業していますよ☆




さて、話は変わりますが、


私が住んでいる地域の人口減少が止まりません・・・


私が住んでいる地域というか、

日本中、田舎はどこでも同様だと思います。


田舎、特に山間部から若者が離れていきます。


私は22歳の頃にお爺さんの家(豊丘村壬生沢地区)に

移住してきて、今36歳です。


この

たった14年の間でさえも、

明らかに人口が減り続けています。


具体的な分かり易い例を挙げましょう。


移住してきた翌年(23歳)に村の消防団に入団しました。

※消防団というのは消防署の職員(消防士)とは違い、

地域の若者で構成される自治組織です



豊丘村の消防団は、分団が3つに分かれており、

各分団は細分化された班で構成されています。

ひと班の所属は10人前後です。


入団した当初、私が所属していた分団は、

5班で構成されていました。


退団できる年齢が32歳なので、

23歳で入団してから10年間所属していましたが、

退団する年には3班に減っていました。


10年間で、班が2つ減ったのです。


それだけ若者が減ったということです。



寂しいよ〜・・・

ぐすん・・・(泣)




ウソです☆

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私は、都会でも田舎でも、本人の自由意思で

住む場所を決めればいいと思っているので、

ここを離れて行った同世代、もしくはこれから離れて

行こうとする年下世代に、何を言おうとも思いません。


それは

今の社会の流れの中で起きていることだからです。


その中で、一人一人が自由意思で決めていることでしょ。


その意思をとめる権利なんて誰にもないよ。


血が繋がった親子だって別人格なんだからね。


自分で決めればいい。



社会の流れって、

大きなうねりみたいなものだから、

どんな力持ちが一人で変えようとしても

無理なんだよね。



変えたいなら、

ちょっとずつ

小さな力を集めて、

団結して

大きな波を起こす準備を怠らないこと☆



一人一人を変えようとするんじゃなくて、


マクロな目で見て、社会を変えないと




田舎って、もったいないって思っているんです。


これまでの時代って、田舎から都会を目指したでしょ。


戦後世代がまさにその流れを作ったと思う。

優秀な田舎もんが、

都会へ大量に流出したんです。


誰が決めたか、


田舎は下で、都会が上だったんです。




逆の現象は必ず起きますよ。



いや、遠目から見ている評論家じゃいけない・・・


俺たちが起こすんだ☆



自動車やテレビ、家電製品といった科学技術・・・


それを作る技術は知らないが、


手取り月100万のサラリーンマンだって知らないはずだ、



1個200円で売れる柿を作る農業技術・・・


田舎もんは知っている☆



大きなうねり

いつ来てもいいぜ(笑)






posted by mibu at 23:37| Comment(0) | 日記

2017年11月18日

誇り高き変わり者


おっす☆


みなさんお元気ですか?

私は元気モリモリ☆

モリリンモンローですよ♪



はーい!!


さて、

前回と前々回、自分よがりな生意気な内容の

ブログを投稿しました。

今日、これから投稿するブログも

生意気ですよ〜(笑)


次回からは、落ち着いた

通常のブログに戻しますからね〜

たぶん・・・



折角の生意気投稿宣言なので、

私のこれまでの半生でも綴りましょうか。


いや、

人の半生語るのに、1回のブログ投稿では

ぜんぜん足りないですね。


なので、今回は幼少期にスポットを当てて、

さらっと簡単にいきますよ☆


よく、過去なんか振り返らないっていう

カッコイイ人がいますが、

私は振り返りますよ。


どんなに情けなくて惨めでも、

これからの自分を築く上で

過去の自分と向き合うのは大事なことだと

思っていますから。



私は埼玉県越谷市出身です。


都会ではないけれど、都心へのアクセスが良い

住宅街 “ベッドタウン” ですね。


男3人兄弟の二男です。


生まれ持っての感性として、

“自然” “動物” “虫” “魚” など、

つまり“生き物”が

好きでした。


だけど、私の幼少期、その欲求を満たしてくれる

環境でも社会でもなかったです。


勉強は大っ嫌いでした。


幼い頃から

“田舎に生まれたかったな〜”

って思い続けて、悶々として

育ってきました。


やりたいと思うことが出来ずに、

やりたくないこと(勉強)を強制されるという

環境の中で育ちました。


その

やりたくないこと(勉強)が

良い子悪い子の評価基準でした。



個性を殺して、

やりたくない分野で無理に勝負しているんですから、

勝てる訳ないですよね。


劣等感が芽生えていきましたよ。

“俺は頭が悪い”



負けず嫌いだったのでね〜、

やりたくない分野だったけど

勝負してやりましたよ。


高校時代からね。


進学した大学でトップを取って、

卒業式の時、表彰されて、

“俺は頭が悪い” という自分で自分に

貼ってしまったレッテルを

剥がしました☆



そして、社会に出てから始めた作業は、

過去に、押さえつけてしまった

自分の個性の開放です。


自分は何がやりたかったのか?

何になりたかったのか?

自分探しを始めたんです。


はっきり言って、

この境地へ来るまで、だいぶ遠回りをしました。


だけど、色々と悩んで考えて経験して、

ようやく、ここへ来れました。



今、俺は散々、変わり者扱いされていますよ。

でも、それは嬉しいですよ☆


自分を解放している証拠だから。



ナタやノコギリ、釣竿、鉄砲、

毎日、山の中を駆け回って、

その魅力を伝える体験型民宿を経営しています。


変わってるでしょ(笑)


自分の思い通りに生きれば、

み〜んな

変わり者だって♪




いずれ年を取って、

あの世へ行ったとき、

閻魔様がもしかしたら、本当にいるかもしれない。


“次の人生は、

誰でもなりたい人間になれる権利をやるぞ”

“大金持ちの息子でも、天才的な頭脳を持った

秀才でも”

“どうする?”


って聞かれたら、



また自分でいいです

って俺は答えるわ(笑)




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posted by mibu at 01:26| Comment(0) | 日記