2019年11月23日

三度目の正直


鹿皮なめし
本当に綺麗な毛皮です。

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私が狩猟免許を取得して猟師の世界に入ったのは4年前(平成27年)です。

猟師というと、野生動物を殺生することが好きな人達、という良くないイメージを安易に抱かれがちですが、猟師になる理由は人それぞれなんですよ。
私の場合は、生き物の殺生が好きということはありません。
むしろ逆です。
動物が好きで、子供の頃はウサギやリス、ハムスターを飼い、将来は獣医になりたいって思っていたくらいです。
シカに銃口を向けるときは、今でも申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

じゃあ何故、生き物を生かす仕事とは真逆のことを今やっているのか?

理由は、狩猟免許を取得した当時のブログにも綴りましたが、害獣駆除された野生動物を有効活用したかったからです。
農林業被害を及ぼすシカやイノシシは害獣駆除の対象として捕殺され、多くの場合、廃棄処分されます。
穴を掘って埋めてしまいます。
それをなんとかしたかったんですよね。

“やむなく奪った命、食べてこそ供養”
食料として有効活用することが、駆除された野生動物を “生かす” ことだと私は思っています。

実際に、狩猟を始めた4年前から、害獣駆除の対象として捕獲されたシカを周囲の猟師から引き取って来て、食料として有効活用する取り組みを続けています。
ただ、これはあくまで個人的な有効活用にすぎないので、引き取れるシカの頭数はほんのごく少数です。
多くのシカは相変わらず、捕殺後に廃棄処分という運命を辿っています。
もっと多くの頭数を有効活用するためには食用肉として市場に流通させるしかありません。

でも、これって勝手に出来ないんですよ。
食品衛生法で定められている “食肉処理業(&食肉販売業)” の許可を取得しなければなりません。
許可なしで市場流通させると、もちろん違法です。
許可の取得なんですが、これがすごくお金が掛かるんですよ。
専用の建物(食肉解体処理施設)の設置が必須だからです。
私にお金があれば建てるのは簡単なのですが、お金が無いんです。

現在、許可を得て営業しているジビエの食肉解体処理施設、個人で建てた施設は本当に少ないです。
ほとんど行政(市町村)が建てています。

私の心の中にも行政を頼る気持ちがあって、行政(村)に建ててもらおうと、これまで役場の担当課と話をしてきました。
管理運営の仕組みがきっちり整えば、前向きに考えてくれるという、すごく良い流れではあったのですが、この話は自ら白紙撤回しました。

お金が無いから村に建ててもらおうとしている姿勢が、なんか自分らしくなくてモヤモヤしていました。
なので決めました。

先日、役場に行って、担当課の方に伝えてきました。

「ジビエの解体施設の件なんですが・・・・」

「すみません、やっぱり自力でやります」

「え? ・・・・」

「出来るんですか?」

「なんとかします」


昨日、最新の図面を持って保健所に行ってきました。
食肉処理業の許可申請・審査の窓口になるのが保健所です。

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ジビエの解体処理施設の構想をスタートしたのが4年前、それ以降、何度、図面を持って保健所に通ったことか(笑)
なるべくお金を掛けずに解体処理施設を作る方法を、これまで模索してきました。

最初に描いた図面なんて、今見ると笑っちゃいますよ。
お見せする前に事前情報をご説明しておきます。

解体処理施設には部屋が2つあることが必須です。
一次処理室と二次処理室です。
一次処理室というのは、運び込まれたシカの内臓を出したり皮を剥ぐ部屋です。
二次処理室というのは、脱骨、精肉、包装(商品化)をする部屋です。
この2部屋は必須の条件です。
逆に言うと、この2部屋があれば良いということです。

それでは最初に描いた図面をお見せします。
当時、他県で稼働していた先進施設の図面をモデルに描いたと思います。
(作図に関する専門知識や専用ソフトは持っていないので、エクセルで適当に描いています)

4年前(平成27年)に描いた図面。
部屋が3つある・・・

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ん? 事務室?・・・

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大き目のテーブルに椅子、ミニキッチン、冷蔵庫まで完備されている・・・

10時と15時にお茶でも飲もうと思っているのかな?・・・

当時の自分に言ってやりたいです・・・

いくら掛かると思ってんだ!!!!!
なめんな!!!!!


ときは過ぎ、その2年後。
平成29年に描いた図面。
これも作図の知識が無く描いた素人図面です。

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このときは地元の大工さんに見積もりを依頼しました。
当然、この図面を見せてもデタラメで訳が分からないので、実際に現地に来てもらい、図面を片手に言葉で説明しながら理解していただきました。

削れるところは削ったし、これで予算内に収まれば着工するぞ!

見積金額を見て泣きそうになりました。

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この金額にプラス、冷蔵庫や包装機なんかの必要機器の金額が加わりますからね。

予算オーバー・・・
オーバー過ぎる・・・
一旦、断念して練り直し・・・


そしてときは過ぎ、その2年後。
着目したのが、ユニットハウスのカスタマイズです。

令和元年(現在)の最新図面をお見せします。
まずはユニットハウスメーカーのHPから図面をプリントアウト。

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これに手書きでカスタマイズ、必要設備を加えます。
こんな感じ(画像クリックで拡大)

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実際に運用する際の実用性は保ちつつ、余計なお肉を削って削って削りまくって、もうこれ以上スリムに出来ません状態まできたと思います。

図面を見ている保健所の担当者の反応をドキドキしながら待っていましたが、好感触でした☆
この通りのものを作ればOKというような反応でした。
着工する前に最終図面は必ず見せてください、という話の後、申請書類一式をくれました。
これはいけるでしょ☆

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問題は、やはり予算です。
保健所の図面確認(概ねOK)が済んだので、来週から順次、ユニットハウスメーカー、給排水工事業者、電気工事業者、機器販売業者への見積もり依頼を進めていきます。

預金残高の中から使える予算は350万円です。
予算350万円、なんとかこの予算内に収まってくれ。

ちなみに金融機関からの融資(借金)は今のところ考えていません。

三度目の正直です。
今回は断念したくない。
現在、自分が置かれている状況を考えても突き進むしかない。

宿の周辺でリニア新幹線工事の影響が徐々に出始め、本格着工する来年以降、どの程度マイナスの影響を被るのか先が見通せません。
程度の差はあれ、体験型民宿にとって不利な状況が訪れるのは確実です。
いざ工事が本格着工した際、お客さん達はどう思うだろうか?
うちに来て良かった、楽しかった、満喫したって思ってもらえるだろうか?
そして自分自身、自信を持ってうちへお客さんを呼べるだろうか?

この先、工事の状況によって休業はするかもしれませんが、民宿を廃業するということは考えていません。
ただ、新しく事業展開をしなければならない状況にあることは間違いありません。

一から、いやゼロから自分で立ち上げた体験型民宿への思い入れが強く、そのためにこの現状が悔しく、また、楽しみを取り上げられた子供のような幼稚な感情もあります。
そんなマイナス感情を引きずって生きていくのは嫌なので、夢中になれる新しいことを探しにいきます。

ジビエ事業☆
許可取得により、次から次へと新しい構想が生まれてくる状況を既に予感しています。

体験型民宿を始めたときのような、バカになって夢中になれること、それを見付けにいきます。



posted by mibu at 16:08| Comment(2) | 日記

2019年11月10日

社会人の原点


壬生君、これ、記念に持って帰りな。

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宿の周辺でリニア工事が本格化する時を目前に控えながら、体験型民宿を相変わらず続けております。
でも、もう厳しいよな。どこかで切り替えないとなっ、て思って暮らしております。
そういうマイナス感情の時って、自分の場合は、プラスの影響を与えてくれた凄く印象に残る方(恩人)が、頭の中に登場するんですよね。

そういう人って、少ないんですがね、必ずいつも頭に浮かぶのが、秦(はた)主任です。
社会人になって初めて働いた会社の、私の指導員でした。

クロダ精機(株)
http://www.kurodaseiki.co.jp/

精密部品の製造会社です。
堅実なすごく良い会社ですよ。
大学を卒業して就職した初めての会社でした。
2年半この会社で働きました。
その会社の直属の上司(指導員)でした。

なぜそこへ就職したかというと、本当にふざけた動機で申し訳ない気持ちで一杯なのですが、家から一番近い会社だったからです。

本来、私が興味があるのは農業や林業、漁業、動物に関わる仕事など、生き物を相手にする仕事です。
それなのに、家から一番近いというだけで、無機質(金属)を相手にする仕事に就いてしまいました。
全然、興味が無い。
でも、それでいい。
当時の自分はそう思っていました。

仕事として割り切って考えてしまったのです。
仕事をなめていました。
給料をくれれば、それに見合った働きはする。

っていう、考えを・・・

・・・

・・・

見事に否定されました。

・・・

先ほど名前を出してしまいましたが、イニシャルで表記します。
H主任です。今さら遅い(笑)

言葉で何かを言われた訳ではありません。
姿勢で教えていただきました。

どう説明したら良いのか分からないのですが、絶対に、この人にはこの分野では敵わない、って思い知らされました。
絶対に敵わないです。

何故かというと、この人は、好きで、これをやっている。

これに尽きます。

私は興味が無い分野なので、仕事として、割り切ってやっていました。
敵う訳がないんです。

仕事の中で、図面(展開図)が管理部から下りてきます。
注文の通りに作りなさい。
私の場合、展開図をひとコマずつ、ゆっくりと頭の中で折り曲げて立体にするのですが、
H主任の場合、図面(展開図)を見た瞬間に、すぐに立体に出来るんです。

全然、自分には出来なくて、経験でカバーできる範囲を考慮しても、この先輩には絶対に敵わないって思いました。
それを悟った時に、自分もやりたいことをやって生きていきたいなって思いました。

自分が輝けるフィールドを見付けた人って、本当にカッコイイと思った。

コツ・・ コツ・・ コツ・・

仕事中に、この靴音が近付いてくると、私だけではなく、
職場全体が ピリッ!! とします。
やべっ! H主任が来た!! みたいな。

普通は、会社から支給される安全靴を履くのですが、こんな音はしません。
H主任の靴の音だけ違いました。
「その靴は、会社支給の靴じゃないですよね?」
「お〜、違うよ」

ハイカットのカッコイイ安全靴でした。

「どう? ○○会社からの注文、出来た?」
「いや、まだ指定の寸法通りに出来ません」
「納期、近付いとるでな、宜しく」

とにかく仕事においては厳しい人でした。

俺は尊敬しているけど、たぶん、H主任は俺のことは嫌いなんだろうな、
ずっとそう思っていました。

社長に退職の意思を伝えた後に、H主任がとめてくれた時は本当に嬉しかったです。
仕事の最中に私を呼び出す社内放送が鳴って、指定の場所に行ったらH主任が居て、真剣に引き止めてくれて、ほんとに嬉しかったです。

懐かしいです☆

壬生君、これ、記念に持って帰りな。
辞めるときに渡された精密部品のサンプル、今でも手元にあります。
この会社にはもう主任は居ませんが、今また秦主任と話がしたいな〜

私の中では今でもカリスマです☆


posted by mibu at 03:29| Comment(2) | 日記